ホーリーとChatGPTのブログ

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エキセントリック・スーパーアプリクリエイター / 総DL数: 200万 / リリース本数: 100本超 / iOS: http://apple.co/3m3HxSm / Android: http://bit.ly/3ma0liZ / Just release and pray / とにかくリリースしてあとは祈れ / Twitter: https://twitter.com/gevvoihorry

Prefers simplicity

 

無駄が嫌いだ。極力シンプルなことをしていたい。

なのでアプリで言えば、メディエーションみたいなことも嫌いだ。やったこともないので食わず嫌いだが、広告ごときを複雑にしたくない。

また課金の無料期間を設けるのも嫌いだ。シンプルに月額料金のみの1本表示がいい。

 

思うに、自分という人間は面倒くさいことが嫌いなのだと思う。

なので、仕事でも何でもシンプルを好む。

 

周りのアプリ開発者を見てると、みんな複雑なことをしているように思う。

彼らは高級ホテルのフレンチ料理人だ。対するこっちは町中華のおっさん。

フレンチで出てきそうな料理も中華鍋1本で適当に作る。

 

味や見た目は向こうの方がいいだろう。しかし世の中全員がそれを好むわけではない。

シンプルで野暮ったい料理が好きな人間も一定数いるのだ。

 

無理に複雑なことをやらずシンプルに作る。

それが好きな人に届けばそれでいいのだ。

ローカライズ量産戦略

 

今日までGDPRの対応をしたことがない。つまりEUにアプリを展開してないのだ。

しかし昨今のGPTを触るに、今やローカライズはやって当たり前、世界展開して当たり前の世の中になったと感じる。

なので、適当なアプリをGDPR対応して、EU圏にリリースしてみようと思う。

 

ここで思ってるのが、それぞれの国の言語に対応するというもの。何なら30言語とかそのくらいまでローカライズしてみようと思う。

EUなら英語でもDLされそうだが、それぞれの母国語に変換することで、さらなるDLが期待できる。

というか、そうやってマイナーな言語もバンバン対応していくことで、ロングテールが取れるんじゃないかと思う。

 

これまではアプリを量産する戦略を採用していたが、これからはローカライズの量産戦略が有効かもしれない。とにかく試してみよう。

AIが壊す言葉の壁

 

ChatGPT-4oが来てからというものの、ますますAIを頼ることが増えた。

これを触ってて思うのは、アプリのローカライズがめちゃくちゃ楽になったということだ。

正直、これまで海外向けのアプリはほとんど作っていなかった。100本中10本程度だと思う。

 

しかしここまでローカライズの敷居が下がったのであれば、話は別だ。どんどん海外向けのものを作った方がいいだろう。

自分みたいなものでもこう考えるのだから、同じように考えてる人間はごまんといるはずだ。

 

アプリ、文章、動画。もう何もかもが国を越えてやってくると思う。そういう時代になったのだ。

AIが進化するにつれ、言葉の壁はなくなり、コンテンツも入り乱れることになる。

今はそういう時代の入口なんだと思う。

配られたカードで勝負するしかない

 

昨日は娘の運動会があった。当然のように、足の速い子もいれば遅い子もいる。

足の速い子は、勉強面では活躍してない子だったりする。

授業中にじっと出来なかったり、みんなが分かる問題を解けなかったりする子が、運動会ではとびきりの活躍をするから面白い。

 

人間は不平等だ。何かしらの能力に関して、みんなが同じパラメーターを持って生まれるわけではない。

足の速い遅い、勉強の出来る出来ない、歌の上手い下手。

これらは個人差があって当然だし、それは世の中の事実だろう。

 

しかしこれらを声高に宣言したところで、人生は変わらない。

「俺は生まれつき勉強がよく出来ないんだ」と宣言したところで、その人の進学先は変わらないだろう。

何かを言ったところで、人生に下駄を履かせてもらえるわけではない。みんな配られたカードで勝負するしかないのだ。

 

もちろん、あえて自分の弱いカードを相手に見せるのも戦略の1つだ。

自分には協調性がないとか、集団生活が苦手みたいなカードをオープンにしてもいいだろう。

ただ、どこまでいっても手持ちのカードは変わらない。

 

それを事実と捉えた上で何をするのか。そこが一番重要なところだ。

得意を伸ばす

 

「得意を伸ばす」って考え方は理にかなっている。

これは子育てをしていても感じることだ。苦手を無理にやらせるよりも、得意を伸ばしてあげたほうが、本人も成功体験が持てていいだろう。

 

しかし得意を伸ばすあまり、得意なことしか出来なくなっては本末転倒だ。

今自分のやりたいことが得意なことではなかったとしよう。

 

ずっとイラストレーターとしてイラスト描いてきたけど、急にITエンジニアになりたくなった、みたいなことでもいい。

とにかくそれまでの得意から外れるようなとき、躊躇なく外れられるのなら、何も問題ない。

しかし、得意に固執するようになってはダメだ。

 

自分の得意に縛られて、やりたいことが出来なくなるなんて、本末転倒もいいとこだろう。

 

でも世の中にはそんな人が多いと思う。何かしらの資格を取ると、その資格を元に仕事を探す。

本当はやりたいことが別にあったとしても、資格ベースの思考になってしまうのだ。

 

もちろんそれは、資格を取るためにかけた時間であったり労力が無駄に思えてしまうから嫌なのだと思う。サンクコストというやつだ。

でも本当は関係ない。大切なのは「今」であり「過去の自分」は関係ないのだ。

 

これからやることが一番得意なことになるかもしれない。

とにかく「今」にフォーカスすることだ。

 

ゲーム攻略法のようにお金を稼げたら

 

「生活のためにお金を稼ぐ」って行為はバカバカしい。

それをしなければいけないし、世の中そういう風になってるのは分かるが、心の底から肯定出来ない。

 

それをしなければいけない現実はある。当然その通りだ。働かざる者食うべからず、である。

しかし、そんなもんのために人生の貴重な時間を投下していいのか、っていう思いが消えない。

 

ゲームの攻略法のようにお金を稼げたらいいなとも思う。

攻略法を見れば、誰でも一定ラインよりも上の成果が出せるだろう。

金儲けもそんな感じで、攻略法を見て簡単に出来れば最高だ。

 

39歳ともなってくると、資本主義に対するアンチテーゼが湧いてくる。

それは世の中に対して思うことでもあり、資本主義に取り憑かれてる自分に対しても思うのだ。

 

金稼ぎくらい、めちゃくちゃ簡単に出来る世の中にならないものだろうか。

 

競争優位性

 

需要のあるところには、間違いなくライバル(競合)がいる。

仮にそのときいなかったとしても必ず出てくるだろう。

そうなると、自分の事業には競争優位性が必要になる。自分が他者よりもどこで優位に立てるのか考える必要があるのだ。

 

私がアプリ開発において、「デザイン」を競争優位性としている。

まず大手がくるようなところにアプリは出さない。ツール系がメインなのだが「家計簿」みたいな場所で勝負はしないのだ。

それをするなら「お小遣い帳」みたいな場所で勝負したほうがいい。

 

ここならライバルは弱いし、それなりに需要もある。

大手が来ないフィールドは、自ずと個人開発者との勝負になる。

しかし個人開発者は基本的にエンジニアだ。デザイナーではない。それゆえアプリの見た目が洗練されていないのだ。

 

私のアプリがそこまで洗練されてるわけではないが、デザイナーの妻がついてるおかげで、ライバルのそれよりは俄然魅力的に映ると思っている。

なので、この部分で競合を出し抜けるのだ。

 

このように「競争優位性」については、常に考えておく必要がある。

個人的に今後やらなければいけないと思うのは広告だ。そういうニッチなフィールド、つまり個人開発者同士の勝負になってるところで、広告をバンバン投下すれば圧倒的に勝てると思うのだ。

それだけ広告費をかける個人開発者も少ないだろうから、試しにある程度の額でやってみたいとも考える。

 

需要があるところで勝負する以上、どの部分で周りと差別化できるのかは、常に考えておく必要がある